Il quaderno d'Estate Ⅱ

Biglobeウェブリブログから移行してきました。

The Melt Cross of the roots 黒い鷲が空を駆ける


The Melt Cross of the roots


私は5月2日・初日初回、5月4日・2回目公演、5月5日・楽の3回鑑賞しました。
つまり前半5/2,3のメインゲストまっすーver.は1回、後半5/4,5のあーやver.は2回鑑賞という内訳(4日のみ誠治さん出演)。

2009年から始まった「氷艶」シリーズはコロナ禍の中断を挟みはしましたが、原則1年おきの開催で回っていたところ、2024年・2025年と2年連続の開催だったので「これは氷艶は毎年公演となったのかも」と、私は期待していました。しかし2025年末の「鏡紋の夜叉」のディレイドビューイングで前年のように次回の氷艶のお知らせはなく、ちょっとがっかりしてましたが、2026年はThe Meltの開催が発表されました。尾上菊之丞さんの演出・構成で今までの氷艶出演の俳優・歌手の皆さんも出演されるとあって、いわゆる「集大成」であることは明らかでした。

もちろん、とても楽しみな一方、私には密かな懸念がありました。
以下は、私の深読み・取り越し苦労・妄想の類なので、シリアスに受け取らないで下さいね。

「鏡紋の夜叉」の後に配信で、誠治さんが「もしまた氷艶が開催されることがあったら、呼んでほしい」というような発言をされていて、私は「え?氷艶の次があるか不確かってこと!?」心配になったのです…まあ、誠治さんの言葉のあやに過ぎないのかもしれないし、こんな取り越し苦労してるのは私ぐらいでしょうが、幸四郎さんの声の出演が発表されるとなると、遂に「破沙羅」出演者まで揃った…これは氷艶に何らかの区切りがつくんだろうと考えてしまいました。

しかしThe Meltの上演内で「今後もThe Meltが続くことを願ってる人ー」という呼びかけが毎回あったので、「氷艶」の系譜は、たとえ形を変えることはあっても、今後も継続の方向なのだと確認できて、まずは胸をなでおろした私です。

 

さて前置きが長くなってしまいましたが、The Meltのコンセプトについて。

予想通り、LUXEに通じるレビュー形式で、歴代「氷艶」の音楽を散りばめながら、単なる再演ではない、まさにreboot 再起動と呼ぶべき作品でした。既に「LUXE」「十字星のキセキ」で尾上菊之丞さんの振付に留まらない構成・演出力は承知していましたが、今回も期待を裏切らない素晴らしい仕上がりでした。

そして菊之丞さん同様、「破沙羅」以来欠かせない振付の賢二先生に加え、いよいよ哉中ちゃんが本格的に振付チームに加わりました。

思えば、「月光りのごとく」にアンサンブルスケーターとして出演、そしてその合宿の際にかなだい最初のトライアウトがあった哉中ちゃんが遂に「氷艶」の中核に!大ちゃんの名言「必要な時に必要な人が現れる」がいつも現実として結実するのには、驚嘆させられます。

 

何から書き始めてよいのか迷っていたのですが、哉中ちゃんに触れたので、後半あーやver.の「黒い鷲」について最初に書くことにします。

 

あの悪夢のコロナ禍で始まったかなだいの競技シーズンを終えてからの「LUXE」。私は「黒い鷲」を初めて目の当たりにした瞬間「あ、大ちゃんはもうアイスダンサーなんだ」と思ったのです。正直、まだ手探り感のあったデビューシーズンを経て、哉中ちゃんと組んで滑る大ちゃん、これが今の「本領」なのだとはっきりと理解したのです。あまりおおっびらには言えませんでしたが、大ちゃんのアイスダンス転向に幾らかのもやもやがあった私の中で、その雲が一気に晴れた瞬間でした。大ちゃんがアイスダンサーになったのは「必然」「運命」だったのだと。

 

そして5年ぶりの「黒い鷲」。あーやと3人で立つ氷上で、あーやの安定した美しい声に乗って滑るかなだいのスケーティングのなんという美しさ…!狭いリンクにもかかわらず二人のスケーティングはスケール感を増し、まさに大空を駆け、時には地上に舞い降りる黒い鷲そのもの。リフトの進化ももちろんのこと、二人のスケートも大きく進化していました。もう断言してしまいますが、現役引退した今でも、かなだいは日本最高のアイスダンス・カップルであり続けています。

願わくは、この壮大なナンバーを他のアイスショーでも見られるショーナンバーに発展させてほしい。それには、この曲のあーやの録音の実現が必須ですね!

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というわけで、「黒い鷲」だけでいっぱいいっぱいの記事になってしまったので、また続きで他のナンバーについて書いていきたいです。

超久々の更新(今頃になってPIW東京公演や滑走屋のことなど

ほんとうにほんとうにご無沙汰しておりました。
今年初めてのブログ更新…前回の記事のアップが8月30日のフレンズオンアイスの時で、8ヵ月も開いてしまいました。
介護が終わってブログ書く時間ができたはずなのに、なんか書かない習慣がついてしまったとというか…。
先程、これを書くためにiPhoneのライティングアプリを開けたら、1月のプリンスアイスワールド東京公演の感想を途中まで書いていました。忘れてたけど、大ちゃんのソロ・プロについてほとんど書き切ってましたわ。この後、大ちゃんの参加したメリー・ポピンズのグループナンバーのことも書くつもりだったんでしょうね。
…言い訳すると、プリンスに行ったちょうど1週間後に左膝の激痛で、仕事を4日も休むという事態に陥り、ブログの記事が途中なのを、すっかり失念してしまっていたようです。
折角なので、プリンスでの大ちゃんについて1月に書いたことを下に貼りつけておきますね。

 

プリンス・アイスワールド2025/2026東京公演 1月10日昼公演

プリンス(以下PIW)の公演は大ちゃんの応援をするようになってからの2007年新横浜公演以来、もう数えきれないくらい足を運んでいますが、今回の公演の楽しさはかなり上位に入るものとなりました。
直前の哉中ちゃんの欠場のアナウンスは当然ショックで、ケイトリン振付のかなだい新プロがお預けになったのは今でも残念でなりません。哉中ちゃんの体調も気になりますが、とりあえず目の前の大ちゃんのソロ演技を楽しむことにして東伏見に足を運びました。

1月9日初日の大ちゃんの演技がニュース動画で流れて、そこではジャンプ2本ともクリーンでなかったから「あー急なシングル演技ではジャンプの練習足りてないよね…」とちょっと沈んだ気分に。
結果から言ってしまうと、私が観た回はオープニングのゲスト紹介の3Fも、プログラム内での3Lzもしっかり降りました!初日に滑ってジャンプ勘が戻ったのでしょう。大ちゃんほんとにシングル現役時代に得意だったルッツフリップに拘ってるねw
演技前の紹介アナウンスで「30代最後のソロ演技」という言葉にしんみりしてしまいました。哉中ちゃんのことはほんとうに残念なのですが、図らずも大ちゃんの年齢的な区切りのとても良質なパフォーマンスを観ることが出来ました。

 

3月には念願の初鑑賞の「滑走屋 第二幕」に行ってきたのですが(一昨年の初回は介護中だったこともあり長距離遠征を諦め、昨年はチケット購入するも、母が亡くなり急遽遠征とりやめ)、その多面的な創造世界に圧倒され、「ニ公演じゃ足りない〜」という感じで、文章にまとめられそうになく、今日まで何も書かずに来てしまいました。皆様のブログやXでの解釈は、大変勉強になりました。いやーマルチエンディング全て観たかったです。(私は観たのは「青龍」と「朱雀」エンディング)

それと大ショックだったのは、録画した全動画が音声まったく入ってなかったという…。録画に使用したビデオ・アプリのマイクがどういうわけか作動してなかったのです。

そんな訳で、音なしの動画から切り取った写真を添えておきます。

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フレンズオンアイス2025 Dear Friends

今年はフレンズオンアイス公開リハ Dear Friend無事当選、昨日(2025年8月29日)新横浜アイススケートセンターに行ってきました。

 

私がこのブログを書いている30日は本公演初日が開幕し、明日には日テレプラスでの放送もありますが、とりあえず公開リハの印象を書いてみます。

 

荒川さんが2006年のトリノ・オリンピックで金メダルを取った直後から始まったフレンズオンアイスもすっかり老舗ショーになりました。2007年の第二回から見始めた私(大ちゃんがアメリカ留学で不参加の2015年も律儀に行きましたよ。コロナ禍とかなだい不参加が重なった2021のみ欠席)にとって、昨年2024年のフレンズは今までになく楽しくないものでした。

今だから書きますが、1年前の楽が終わった後はXでもあまり呟かず、言うなれば私はダンマリを決め込んでいました。

最大の原因は、大ちゃんのシングル・プロでのジャンプの不振。初日はまあまあの調子で、公演数重ねれば上がってくるだろうと思ってたのに、楽公演のジャンプはほぼ壊滅(辛くて日テレプラスの放送も見返してないので、間違ってたらすみません)。コラボナンバーで2Aまで転けたのを見て、膝の調子がよほど悪いのか、シングルの練習が間に合わなかったのかと気を揉み、ぶっちゃけると、私は2024年のフレンズは記憶から消していました💦

 

もううひとつは、大ちゃんが座長を務めているアイスショーだけでも、氷艶シリーズ、滑走屋のような今までの常識を覆す斬新なコンセプトのが増え定着し、昔ながらのガラ形式のアイスショーがマンネリ気味になってきたこと。加えてフレンズは、スケーターの高齢化も進んできているし(観客であるこっちだって高齢化してきてますが…)、まあ色々と曲がり角にきているな、と。

 

結論から言いますと、今年のフレンズは当たりです!リハで断言は早すぎるかもしれませんが、とにかく私自身はテンション上がりました!

 

まず大ちゃんの調子が上がってます!(←これ大事)第一部のトリで登場した大ちゃんのシングル・プロはセルフ・コレオだそうですが、さらっと終わる静謐な印象ですが、大ちゃんのスケートの良さがきれいに組み込まれています。冒頭の3ルッツしっかり降りて(着氷でやや沈み込んだ以外は問題なし)、私は安堵+歓喜!今までのDear Friendsでは、ジャンプは流すことの多かった大ちゃんがリハでも跳んできたとは、ジャンプに気持ちを入れているのが伺えます。大ちゃんって負けず嫌いだから、昨年のジャンプの状態は悔しかったろうし…

ジャンプだけでなく、コレオステップシークエンスやレイバックスピンも、The 高橋大輔って感じで良いですね〜

 

大ちゃんについてばかり熱く語ってしまい、他のスケーターは簡単になって恐縮ですが、リハで印象に残ったナンバーをいくつか。

まず哉中ちゃんのソロプロがすごい!演技は人形振りだと思うのですが、なんか狂気すら感じられるやばいパフォーマンスです。哉中ちゃんって憑依型だなあ、と。衣装も「ホフマン物語」の自動人形オランピアを思わせる可愛い系かと思いきや、よく見ると脚に巻き付けたリボンとか不思議ちゃんです。

 

ジェレミーは自分のナンバーもセルフコレオだと思いますが、こちらも良プロ。ジェレミー、アイスダンスの振付はしないかなあ?哉中ちゃんのみたいのを、かなだいにも振り付けてほしい。

 

同じくアメリカ男子のジェイソンは、椅子を小道具にしてRock around the clockで楽しくロックンロール。この曲70年くらい前の曲だし、悪くいうと手垢のついた超有名曲なのに、こんなに瑞々しいパフォーマンスに仕上げるジェイソンすごいよ。

 

シェイリーンのブラスバンドを従えた華やかなソロダンス、これソチの頃のフレンズでやってたのだ!今回はシェイリーンご主人の小太鼓付き。シェイは美貌も筋肉も衰え知らずだなあ。

 

今回が初お披露目のいくこうこと高志郎+いくらちゃんの新カップル。上半身踊っている時に足元が止まりがちだったり、まだまだ未熟なところは散見されますが、二人ともアイスダンス初心者なことを思えば、まだまだこれからです。

でもなんだろうね、すごくワクワクするパフォーマンスで、これからこの子達を応援する!って気持ちになりました。振付がかなだいだし、かなだいみたいな華やかなカップルに育ってほしいです。現時点では、技術的な面でうたまさには遥か及ばないから、大変だろうけど頑張れ!

リフトはかなだいがやってたローテーショナル・リフトのバリエーションで、これを短期間で習得したのは頼もしい。

 

他のスケーターを略して申し訳ないのですが、また機会を改めて。

今まで数々の名コラボナンバーを送り出してきたフレンズですが、今年は一部のジェレミー振付のダンサブルなナンバーと、二部幕開けのLove never diesに絞られてました。

男装荒川ファントム、いくこうの若ファントム、若クリスティーヌ、理華クリスティーヌ、そしてかなだいのファントム、クリスティーヌ!ファントムは三人とも仮面を着用です。

かなだいは2022/23シーズンの衣装で…まさにこれは、あの「オペラ座の怪人」の続きの物語。クリスティーヌが命を失うことになっても、遂に永遠の絆で結ばれたファントムとクリスティーヌを見届けることが出来ました!

あのダイアゴナルステップ、あのストレートラインリフト…また見ることが出来て感無量です。

 

そして大トリの荒川さんプロ、これがまた至高のコラボナンバーとなっていました。19年前のトリノ・オリンピックに出場した荒川、コストナー、ランビエール、大輔。あれから20年も経とうとしているのに、4人ともスケートもビジュアルも驚くほど変わらない。こんなに長いこと輝き続けている奇跡に、私は深く打たれ涙が止まりませんでした。フィギュアスケート好きで本当に良かったと思えた至高の数分間でした。

 

フィナーレのグループナンバーも、良き良き。水を得た魚のように踊りまくるかなだい見て、また二人のラテンナンバーお願い!と思いました。

 

以上、駆け足だか濃ゆいか分かりませんが、Dear Friends2025 感想書きなぐりました。

明日の楽公演がますます楽しみ!日テレプラスの2公演生中継もね。

 

ピンボケですが、フィナーレ撮影タイムで至近距離で捉えた大ちゃんどうぞー

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氷艶 hyoen2025 鏡紋の夜叉 「神と鬼」

既に優れた考察ブログが多く書かれているので、ダブる部分など多いと思いますが、「鏡紋の夜叉」について、思ったことをいくつか。

 

第一作「破沙羅」は歌舞伎の登場人物・義経や仁木弾正が召還された古代日本、「月光りのごとく」は源氏物語、レビュー形式の「LUXE」はエキゾチックな架空の王国、「十字星のキセキ」は宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」とテーマを選んできた「氷艶」シリーズ。前作の「十字星」で日本の伝統的な世界という括りを外したのかと思いましたが(「銀河鉄道の夜」はもちろん立派な日本の『古典」ですが、明治以降に書かれた小説で、「十字星」では時代設定は現代だったので)、「鏡紋」では古代に戻りました。

 

今回は演出が堤幸彦とメジャーな方で、脚本は様々な舞台の出演や脚本を手がけている末原拓馬。吉備の里人(農耕民)+山の民・白武族(タタラ製鉄業)連合軍と、そこに攻め入るヤマト朝廷という図式は意外とシンプルです。

ただ構造的にはシンプルでも、実際に観るとかなり複雑な印象でした。ヤマト朝廷の帝は「闇帝」と呼ばれ、バックに「闇呑神」を控えた冷酷無情な悪役。しかし演者・吉田栄作さんもプログラムで触れている通り、闇帝は「力で全国を征服し、安定した豊かな国家を打ち立てたい」と歌っていて、目的は正しいんですよね。自分が悪を引き受けて手段は選ばず、目的を達成しようということか。

その闇帝に「殺戮マシーン」として育成されてしまったという凄い設定になっていますが、吉備津彦がヤマト朝廷から遣わされて、吉備の国を攻め落とし、新たな支配者となったことは明らか。結論が先になってしまいますが、その後の吉備津彦が神として祀られるだけでなく、桃太郎伝説として語り継がれているということは、新しい支配者になった吉備津彦は良き治政を行ったのだと私は信じています。

冷血の殺戮者となっていた吉備津彦が次第に心を取り戻していくのが描かれるのも、良き支配者、神となる未来に通じると思います。

 

そして吉備の国を治める若き支配者・温羅(ウラ)。実は、私は数年前にNHK BSだったと思いますが、桃太郎伝説の「鬼」にあたる温羅も、また神として祀られているという番組を見て、「ウラ」という名前を覚えました。吉備津彦神社では、女性神官が湯を釜でゆでるという神事があり、その時に温羅のうなり声と言われる振動?音が発生する様子も映し出されていました。その女性神官というのが、「鏡紋」のヒロインでもある温羅の妻・阿曽媛(あそめ)の子孫が受け継いでいたというのです。残念なことに、その血筋は先代で途絶えてしまったということですが、現在も女性神官が神事を執り行っていました。

 

赤い衣装の温羅(髙橋大輔)は動、青い衣装の吉備津彦(増田貴久)は静のイメージで対照的な存在。でもその腕に刻み込まれた色違いの「闇の刻印」が二人を繋いでいる。善と悪、光と影は逆転し入れ替わり、まさしく善と悪は「表裏一体」。

光の側に進んでいく吉備津彦に対し、正義感の強い明るい青年だった温羅は「心ならず」も…なのか「敢えて」なのか、闇堕ちして「鬼」となってしまう。

 

個々の演技や演出について感じたことはページをあらためて…と思っているのですが、初日初回のみの演出について、ここで触れておきたいと思います。

初日初回、闇堕ちした温羅が(歌舞伎用語で)ぶっかえって、「第三形態」となって宙乗りで現れたのを目の当たりにした時、私は正真正銘戦慄しました。2度目の鑑賞となった楽公演でも、収録され放送された二日目夜公演でも、大ちゃん=温羅の狂気の眼差しは変わりませんでしたが、あの目、あの衣装でフライングで現れた時は、ほんとうに怖かった!いやもうあの狂気のフライングを目撃出来たのは、幸運でした。

安全性の問題?でその後の夜公演から、温羅と吉備津彦の宙乗りがなくなってしまったのは残念です。SUGIZOさんのXで写真が残されたのがせめてもの慰めですね。

 

そのSUGIZOさんが出ずっぱりで奏でたロックオペラについてもまだ全然触れてませんが、登場人物と演者の完走も次のページで書き残しておきたいと思っています。

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氷艶 hyoen 2025 -鏡紋の夜叉- 「光と影」

氷艶 hyoen 2025 -鏡紋の夜叉- 

 

2025年7月5日(昼公演)、7月7日(千秋楽)

初日初回と楽の2公演、横浜アリーナで鑑賞しました。それに加えて、7月6日夜公演の日テレプラス実況放送も観ての感想を書いてみます。

 

まずは無事に全公演終了、おめでとうございます!どうしても昨年の「十字星のキセキ」の演出家降板騒ぎ、それにその前の数年間のコロナ禍のことがあり、初日にこぎつけ、キャストの誰も欠けることなく全公演完走というのが一層ありがたいことに思えるのです。特に増田さんの入院があった時には、正直肝が冷える思いでした。ほんとうに大事なくてよかった。

2017年の初演後、コロナ禍やかなだい現役期の影響で若干の時期移動はありましたが、基本は1年おきの「氷艶」開催でしたが、ここにきて2年連続の開催。おそらく本公演の成否で、毎年開催もあり得るのではないかと、私は予想しています。

結論から言えば、上演の質、興行ともに大成功と言えると思うので、今後の「氷艶」のさらなる発展が期待出来ることでしょう!

 

大ちゃんの生まれ故郷岡山の「桃太郎」伝説が「氷艶2025」の題材という第一報を聞いた時は、私は疑いなく大ちゃんが「桃太郎」だと思ってましたが、予想に反して桃太郎たる吉備津彦役は増田貴久さん。大ちゃんは「鬼」にあたる温羅(うら)でした。

 

岡山では吉備津彦は神として祀られるだけでなく、お伽話の桃太郎の基にもなっているのは有名な話。さらに鬼として退治された温羅も、忌み嫌われるどころか未だに岡山の人々に祀られ慕われているという。土着の温羅とヤマトから来た新しい支配者・吉備津彦。まさにダブル主演に相応しい二人の神話人物です。

 

そんな日本の古代の伝承を題材に語られた「鏡紋の夜叉」は、善と悪が表裏一体というのが最大の特徴ではないでしょうか。

今までの「和」を題材にした氷艶シリーズでは、善側・悪側がはっきり分かれていましたが、「鏡紋の夜叉」では、善と悪が表裏一体であることが強調されました。吉備津彦と温羅は交互に光となり影となり、二人の腕には色違い(温羅は赤、吉備津彦は青)で闇呑神の刻印が焼き付けられている…というのは、ハリー・ポッターのスネイプの腕の「闇の刻印(dark mark)を思い出しましたね。

影帝の野望のために殺戮マシーンとして育てられた吉備津彦が少しずつ「心」を取り戻し、光の戦士となっていくのに対し、心優しい若き支配者だった温羅は「鬼」と化し「闇」に堕ちる。

先に結末を書いてしまうと、温羅は敢えて鬼となり我が身を殺すことで闇呑神(やみどんのかみ)を道連れにして、吉備の里に平和をもたらす。だからこそ温羅は「鬼」でありながら「神」として今なお人々に信仰されているのですね。そして吉備津彦も「神」として祀られているということは、彼は温羅亡き後の吉備の国を立派に統治したのだと私は信じています。

 

※上記文章は、1ヶ月前に公演を観た緒ょくごに書き始めたものをまとめたものです(まだ全然概要に触れただけですな💦)

相変わらずブログをなかなかアップ出来ずにおりますが、個々のキャラクターや演技について、次ページから書き継いでいけたら、と思っています。

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成瀬巳喜男監督「山の音」

「山の音」(川端康成・原作 成瀬巳喜男・監督 1954年) 

BSで録画した古い邦画を鑑賞。

実はだいぶ前にやはりBS放送で見たことがあるのですが、その時はピンとこなかった覚えがあります。久しぶりに鑑賞したところ、途中からジワジワと「なんかすごい映画見てる気がする」と一種異様なまでの感覚がジワジワときました。

結論から言うと、2度目の鑑賞でこの作品は成瀬巳喜男監督作品の中でも、(私が見た中では)「浮雲」となりました。

 

映画を見るより以前に川端康成の原作も読みましたが、「これをどうやって映画にするんだ?」という作品でした。凡人にはちょっと受け入れがたいような設定なので…

主人公の初老の男は中流の上と思われる鎌倉住まい。彼は若くして亡くなった妻の姉をひそかに慕い続けていて、散文的で凡庸な妻と長女を心の中では受け入れていない。もしかしたら長女の産んだ孫娘が美しい義姉に似るのでは、という期待も外れた。ところが長男の美しい嫁に義姉の面影を投影するようになり…

というまことに男の勝手な願望を軸とした物語です。女性に純粋な美を求めて、そこから外れた平凡な女性を自分の世界から除外するとか何様!…というのは、まさに「散文的」な受け止め方ではありますね。

とにかく、これだけ共鳴できない主要人物ばかり(無邪気だった嫁も浮気をしている夫に歪んだ復讐をする)の「純文学」をどうやって映画にするんだ?という疑問も、さすが成瀬監督とさすがの名優陣で見事な映画作品になりました。もちろん水木洋子の脚色の力も大でしょう。

 

主人公・尾形を演じたのは山村聡ですが、この方は私が子どもの頃もまだテレビドラマで初老の紳士を演じていたので、この映画の時点(昭和29年)では老け作りしたのでしょう。原作では尾形には認知症の症状が現れ始めているのですが、映画では冒頭で「最近頭がぼーっとしている」とさらっと述べただけでした。

嫁・菊子役は原節子。この時の彼女の実年齢からだとかなりのぶりっ子演技のはずなのですが。その絶対的な美貌と知性と清純さで不自然には感じられません。

そして、この映画での原節子はいつになくエロティックなのです。ほとんどのシーンで家事をしているにもかかわらず…特に鼻血を出して、タオルで押さえている姿は、一種異様なまでのエロスに溢れていました。菊子の無邪気さと清潔感は失わないままで。

 

こんな美しい若妻がいるにも関わらず、夫・修一(尾形の長男)は戦争未亡人と浮気をしている。演じるのは上原健ですが、成瀬監督作品でのこの方はいつも嫌な男の役ですね。「山の音」でのアンニュイ、頽廃、妻だけでなく愛人への冷たさには、どうやら戦争から復員してきたことが要因になっているようです。

実は、原作でその辺りが描かれている部分を、私はすっかり忘れてしまっているので、近いうちに原作を再読してみようと思います。

尾形の認知症の前兆や修一の戦争体験があまり深く語られているわけではないのに、「薄っぺらな映画化」にはけしてなっていないところが、さすが成瀬監督というべきでしょうか。義父・尾形とのプラトニックな絆に焦点をあてることで、難解な小説の映画化に成功したのだと思います。

 

原作を読んだ時もそこで私はショックを受けましたが、物語の後半で菊子はせっかく授かった子どもを、夫にも義父母にも黙って堕胎してしまいます。修一への復讐とも取れる行為ですが、潔癖な菊子にはこの状況で修一との子どもを持つことは耐えがたいことだったのでしょうか。

そして物語のクライマックスは、尾形と菊子が荒涼とした新宿御苑での語り合い。ここで尾形は自分と修一から菊子を解き放つことを宣言します。そして自分は妻ととも故郷の信州に隠居すると。

映画を見た後に調べたら、映画化の時点で原作の連載は終了していなかったそうで、それもあって結末は違っている。原作よりずっとすっきりした結末になっていますが、それで映画的には成功だったと思います。

 

川端康成は彼が愛した日本ならではの美学、そしてそれが失われつつある戦後の時代を生きる市井の人びとの姿を描き切りました。

最後になりましたが、主役たちだけでなく、尾形の妻役の長岡輝子、嫁ぎ先から出戻ってきた尾形の娘・房子役の中北千枝子、修一に複雑な恋慕を抱いている秘書の役の杉葉子ら脇役陣の演技も充実しています。特に中北千枝子の父に愛されなかったコンプレックス丸出しの演技が見事でした。

ご無沙汰しました

2月16日に母が96才で永眠してから初めて、ほぼ4ヶ月ぶりの更新になりました。

父の時は、母がすべて取り仕切ってくれたので、恥ずかしながら私はこの年で、初めて自分の主導で身内を見送りました。喪主は弟でしたが…ここであまり書きたくないことではありますが、弟は頼れる人でないので、実質私一人で決めて奔走しました。

高いお金払ったのだから当然ですが、葬儀社さんには大変お世話になりました。認知症が悪化する前の母が「私の時はあそこで」と近所の商店街にある葬儀社さんを指名してくれていたので、迷わず選ぶ事が出来て、些細なことながら母には感謝しています。

 

母の最期について、良いことでも悪いことでも忘れがたいことが多々あったので、公開するかどうかはともかくとして、どこかでしっかり書き残しておければ、と思っています。

悪いのは私のポカで母の臨終に立ち会えなかったこと。良かったのは危篤に陥る少し前に病室で一緒に過ごせたこと。じっと私を見上げていた母の視線を思い出すと、あの時お別れが出来たのかな…と。

 

さてさて、散々Xで愚痴ったことですが、母の四十九日を終えて一週間後、私の生活が一ヶ月に渡って滅茶苦茶に引っかき回される事態が起こりました。イタリア人の古い知り合いが観光のため来日、そのお世話に疲弊させられました。

あんまり書くと、いくら名指ししなくても中傷になってしまいますが(いやもうなってるか)、とにかく依存心が強い人で、すべてのホテルの予約など私はパシリとして使い倒されました。

さすがに母が亡くなったと知って「日本に行ってもよいか」聞いてきたのですが、常識的に考えてせいぜい2週間くらいの日本滞在だろうと思い「納骨が終わってからならいいよ」と答えてしまったのですが、まさかの1ヶ月の長丁場…

他のイタリア人の名誉の為に言っときますが、今まで来日した私のイタリア人の知り合いで、こんなに自分で何も出来ない人は一人もいませんでした!)

 

2週間前、やっと帰国してくれて、実感したのは自分の時間を自分で使えるというあたりまえの事の有り難さ。ストップしていた相続手続きも再開しました。

一番こたえたのは、母を亡くしていくらも経ってなかったのに、彼女の滞在中、穏やかに母を偲ぶことが出来なくなっていたことです。昔、イタリアでお世話になったことのある人だったので、とにかく「自分を殺して」お世話して「恩返し」にしようと頑張ったつもりでしたが…母を思うことすら出来ない、それはまさしく「自分の心を殺す」ということなんですね。

今回は昔のしがらみとかあって、いたしかたなく遂行しましたが、もう二度と「自分の心を殺す」ことなく残りの人生を送ろうと決心しました。

 

なんだか母のことより、愚痴の方が多くなってしまいましたが、2月に母が亡くなってからの怒濤の4ヶ月は、自分自身の反省も含めて色々と考えさせれるものとなりました。これからは父と母に恥じないようにしっかりと生活していきたいです。何よりも健康に気を付けて。

 

悪夢の一ヶ月の間で唯一楽しかったことは、4月27日に行ったプリンスアイスワールド横浜公演です(この日は、例の人にも絶対邪魔させませんでした)。

アリーナ席で見る「ソーラン節」迫力でしたー

Xでアップ済みですが、ミーグリで撮影したお写真何枚か置いておきますね。

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ほぼ4ヶ月ぶりの更新となりました。

2月16日に母が95才で永眠してから、初めての更新となります。父の時は母がすべてを取り仕切ってくれたので、私自身が責任をもって身内を見送ったのは、この年で恥ずかしながら初めてのことでした…あまりここで書きたくないことなのですが、ただ一人の身内となった弟がまったく頼れない人なので、ほぼ私一人であれこれ決めて奔走しました。高いお金を払ったのだから当然ではありますが、葬儀社